大阪高等裁判所 昭和43年(ネ)1391号・昭43年(ネ)412号 判決
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〔判決理由〕将来の治療費
不法行為によつて身体の傷害を受けた者が、将来みぎ傷害に由来して特定の治療、看護を受ける必要があり、かつ、実際にもみぎ治療、看護を受けることを確実に予想することができ、しかも、みぎ治療、看護費用額を予め確定することができる場合に、被害者が将来現実にみぎ治療、看護を受けてもみぎ不法行為についての損害賠償義務者が治療、看護費用に相当する損害賠償金を任意に支払わないおそれがあるときは、被害者は損害賠償義務者に対してみぎ将来の治療、看護費用に相当する損害賠償金の支払いを事前に求めることができると解するのが相当である。
その理由はつぎのとおりである。
(イ) 高速度交通機関その他理化学応用の機械、器具、設備、薬品等いわゆる文明の利器の誤用によつて身体の傷害を受けた者の中には、肉体的苦痛や不具状態が長期間継続し、その治療、看護もまた長期間にわたり、その間の収入の減少と支出の増大のために、必要な治療、看護を受けたくても受けられない状態に陥る者が少なくないから、不法行為によつて身体傷害を受けた者の症状が長期間にわたつて治療、看護を必要とすることが確実と認められる場合には、損害賠償義務者から被害者に対して治療、看護費用に相当する金額を事前に支払わせて、被害者が支障なくかつ安心して必要な治療、看護を受けることができるようにしてやることが望ましく、そのためには、被害者の損害は、被害者が治療、看護を受けてその費用の支払義務を負担するに至つてはじめて発生するのではなく、被害者が負傷し、治療、看護を受ける必要が生ずることによつて直ちに発生すると解するのが相当である。
(ロ) 不法行為により身体の傷害を受けた者に対して将来の治療、看護費用に相当する損害賠償請求権を認めるべきではないとの見解の根拠の一つは、不法行為を原因とする損害賠償は填補賠償であるから、損害が金銭価値に見積り得る程度に具体化するまではその賠償請求を許すべきではないと言うのである。なるほど、身体の傷害を受けた者は往往にして必要な治療、看護を受けないことがあり、治療、看護を受けてもその程度、態様が一定するとは限らず、また金銭支出を必要としない場合がある。しかしながら、被害者の負傷により将来の治療、看護を必要とする状態が既に発生した以上、被害者が経済的な事由その他によつて必要な治療、看護を受けなかつたからと言つて、別段の事由がなければ、被害者に損害が発生しなかつたと言うことはできない。
(ハ) 消極説のも一つの実質的理由はつぎのとおりである。
すなわち、確定判決をもつて認容された将来の治療、看護費用に相当する損害賠償の請求は、逸失利益相当額の損害賠償請求の場合と異つて、予め算定された判決認容額が後日実際に支出される金額と喰い違うことが予想され、この場合には、結果として真実に符合しない金額の損害賠償請求が認容されたことになるにもかかわらず、みぎ喰い違いが判明した後においても、判決の既判力によつて、賠償義務者は、予定の治療、看護が実施されなかつたことや認容された費用額が実際に要した額より多額であつたことを理由として、賠償請求権者に対する賠償異議や不当利得返還請求の訴をもつて、損害賠償額の訂正を受けることができないし、賠償請求権者は、後日実際に受けた治療、看護が判決で予定された将来の治療、看護と同一性を有する限り、賠償義務者に対する新訴をもつて、判決認容額に追加して新な支払いの請求をすることが許されないことになるので、将来の治療、看護費用に相当する損害賠償の請求は許すべきではないと言うのである。
しかしながら、前述したように、被害者の損害は、実際に治療、看護を受けてはじめて発生するのではなく、負傷により治療、看護の必要が生ずることによつて発生するのであり、その費用額は、別段の事由がなければ、被害者が実際に負担する額ではなく、必要な治療、看護の費用として被害者が本来負担すべき額であるから、口頭弁論終結時において将来必要であると認められた治療、看護は、後日実現するに至らなかつたからと言つて、本来必要なものではなかつたと言うことはできないし、また、口頭弁論終結時を基準とするこれら将来の治療、看護費用額の評価認定は、後日被害者が実際に負担した費用額と喰い違つたからと言つて、誤謬であつたと言うことはできない筋合いであつて、判決認容額と被害者の実際の負担額との間の喰い違いは、本来調整を要するものでも調整を許すべきものでもないわけである。本項の消極説の理由も支持できない。
(ニ) もつとも、将来どのような治療、看護を必要としているか、治療、看護の種類や規模が予め確定できない場合や、必要な将来の治療、看護が判明していても、被害者が経済的な理由以外の理由によつてその治療、看護を受けないことやこれらを受けることができないことが判明している場合には、結局、損害額を確定することができない場合、または、損害が発生しないことが明らかな場合に当り、将来の治療、看護費用額相当の損害賠償を請求することができないことは当然である。
(ホ) また、被害者が終生特定の治療、看護を必要としている場合に、被害者の今後の生存年数が明確でないのに、一率に国民の平均寿命によつて被害継続年数を定め、被害額を算定する方式や、被害者に対し、この種損害賠償を年金として支給せず、ホフマン式計算によつて中間利息を控除した一時金として支給する方式の当否については、逸失利益についての損害賠償の請求の場合と同様に、わが国の現在の社会事情その他諸般の事情を考慮して、被害者がこのような方式による支払を希望する限り、相当として是認すべきものと解する。
以上の理由により、本項冒頭に述べた諸条件が具備する場合には、将来の治療、看護費用に相当する損害賠償の支払いを一時金として請求することができるものと解する。
本件の場合には、<証拠>を総合すると、被控訴人の症状は、精神的、神経的、肉体的症状のすべてについて、現状以上に治癒することは不可能で、死亡に至るまで過去数年間と同様の治療看護を要し、その治療、看護費用の額も毎月ほぼ均一化し、昭和四三年五月から昭和四四年三月までの一〇ヶ月間の一ヶ月の平均額は金三万四、六五六円であることが認められるので、これらの諸事情から今後も引続いて死亡に至るまで看護付病院への入院費用および日日の通常の治療費として同額の費用を要するものと認めることができる。
<証拠>によると、被控訴人は昭和一九年一月一二日生れの男子で昭和四四年一月一二日現在で満二五年に達するので、同日現在における平均余命は昭和四一年度簡易生命表によると、46.13年であるので、前記入院治療費の平均月額金三万四、六五六円の割合による昭和四四年二月二七日から死亡までの入院治療費の合計額をホフマン式計算によつて中間利息を控除すると、
となる(三上修 長瀬清澄 古崎慶長)